浄土真宗本願寺派 教念寺
〒352-0004
埼玉県新座市大和田1−20−6
TEL:048−477−1713
FAX:048−477−0809
メールはこちら:
info@kyonenji.jp
仏教コラム
 第63話 考える時


  健脚を誇るご門徒のTさんは大震災当日、勤務地の東京から数時間かけて帰宅されたそうです。日頃から歩くことを心がけていることで今回も大きな苦労はなかったと話されていました。
  私たちの日常は便利に支配され、「もっとこうなればいいのに」という追い風にのって加速してきました。そして、経済効率や損得でしか物事を判断できないような「豊かな社会」を作ってきました。
コンビニやスーパーで売られているおにぎりやお弁当が決められた時間が来ると捨てられてゆく世の中は本当の姿なのだろうか、と随分前から思っていました。
  「お母さんが早起きして台所に立っている。トントントンといつもの音が聞こえる。たまご焼きの匂いをかぎながら、昼ごはんの弁当箱を開けるのが今から待ち遠しかった」
  以前、ある方から聞いた話しです。こんな愛情に満ちたお弁当を少し時間が過ぎたからといって、すべて捨てることができるでしょうか。

 「豊かな社会」は私たちの足腰も貧弱にさせていきました。なるべく歩く必要のない生活がそうさせてきたのですが、
それはやがて心の足腰にも影響してきたのではないでしょうか。外側ばかり満たされて、芯棒がアンバランスになってきれいに回ることができない駒のようです。そんな社会を構成している私たちが少し電灯を暗くして考える時がきたのかもしれません。

  「少欲知足」。欲少なくして足ることを知る時なのです。そして、「豊か」「便利」に踊っている私たちに
   仏法には世間のひまを闕きてきくべし。
   世間の隙をあけて法をきくべきやうに思ふこと、あさましきことなり。
   仏法には明日といふことはあるまじきよしの仰せに候ふ。
   (『蓮如上人御一代記聞書』)

の声が響きます。
心の足腰もお大事に。