浄土真宗本願寺派 教念寺
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仏教コラム
 第88話 懐かしさはどこに
  学生時代に歩いた道を数十年ぶりに通りかかりました。そのとき、昔よく行った食堂を思い出して急に訪ねてみたくなりました。
 当時、絶品だと感じたチャーハンは今も同じなのだろうか。しかし、それらしき店は見つからず、懐かしい味との再会はなりませんでした。
 さて、二十年くらい前には「やっと浄土真宗のお寺がみつかった」と言って笑顔で訪ねて来られる方が何人もありました。埼玉県には浄土真宗のお寺が少ないので、見つかって安心されるのでしょう、決まって郷里のお寺での思い出や小さい頃におぼえた正信偈の話しになりました。
 しかし、最近、訪ねて来る方は「父の○回忌をお願いしたい」とか「郷里からお墓を移したのでお参りしてほしい」というご法事依頼の相談が主なものになりました。全くないわけではありませんが、幼少のときにお寺で遊んだり、仏前でお参りしたりという「思い出」を話される方が少ないように感じます。残念ながら、お寺が「懐かしい」と感じる場所ではなくなっているということです。「懐かしさ」はこころが安らぐことに深く関わっています。子供の頃に聞いた音楽も若い頃に味わった味覚もこころに響いたからこそです。
 さて、親鸞聖人は晩年に関東から京都にお帰りになられました。詳しい理由はあきらかではありませんが、法然上人のもとで仏法を深く味わわれたことと無関係ではないと思います。
 若い頃、二十年に渡っての比叡山での修行はまさに自らが仏に成る道を歩まれたのでした。
 しかし「雑行を棄て本願に帰す」と宣言されて法然上人のお弟子になられました。いつでもすぐ傍らで師に接して仏法を味わうことができたことは無上の歓びであったことでしょう。
 お念仏の救いに遇うことと法然上人に出会われたことをともに等しく尊き縁と受け止められていたのです。

 あなたの「懐かしさ」はどこにありますか。