浄土真宗本願寺派 教念寺
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仏教コラム
 第126話 念仏の宝箱
 中興の祖、と呼ばれる蓮如上人の功績は数えればたくさんありますが、親鸞聖人のみ教えを後世に残されようとされたことに尽きると思います。中でも正信偈を門徒が日常おつとめできるように開版されたことによってお念仏のお救いを身近にされました。
 浄土真宗の特徴といえば「正信偈」と思われている人も数多いことでしょう。しかし、近年この「正信偈」のおつとめをされる方が減ってきています。
 実のところ「しない」のではなく「できない」のです。ご家庭で朝のおつとめをする習慣がなくなってきているからです。
 朝のおつとめは本日も朝を迎えることができた生命のよろこびを仏さまに感謝し、そのおつとめは私たちをお念仏の救いに導いてくださった親鸞聖人に感謝するものでありました。私という生命体が日々生息してしているのではなく、こころの拠り所となる教えに支えられ感謝とともに日々を送ることをよろこびとしていたのです。
 ですから、日々の朝のおつとめには大きなよろこびがあったのです。
 蓮如上人のお言葉をまとめられた『蓮如上人御一代記聞書』には
「一日のたしなみには、あさつとめにかかさじと、たしなめ。一月のたしなみには、ちかきところ、御開山様の御座候うところへまいるべしと、たしなむべし。一年のたしなみには、御本寺へまいるべしと、たしなむべし」
 毎日、家の仏壇に朝おつとめし、月に一度はお寺にお参りし、年に一度はご本山にお参りすることである、と申されています。
 この基本が「正信偈」のおつとめです。親鸞聖人がお書きくださったこの「正信偈」には何と書かれているのでしょう。「私がお念仏に出遇い、お念仏に救われる身となったことは、この上もなく有難いことだ。そしてそれは、多くの祖師がたのお蔭なのだ」とよろこばれています。
 「正信偈」は救いの宝箱なのです。毎日あけてよろこばせていただこうではありませんか。