浄土真宗本願寺派 教念寺
〒352-0004
埼玉県新座市大和田1−20−6
TEL:048−477−1713
FAX:048−477−0809
メールはこちら:
info@kyonenji.jp
仏教コラム
 第129話 切符、持ってますか?
 先日、京都への出張がありました。同行する方と東京駅で待合せておりましたが、慌てた声で電話が入りました。「新幹線の切符が見当たらない」というのです。そんな大切なものを忘れるわけがないので「きっとどこかにあるはずだからゆっくり探してみてください」と言って電話を切りました。五分後に「どうやら家に忘れてきていたので、取りに帰るので、京都へは先に行ってくれ」と電話がありました。かくして予約されている二席を独占しての出発となりました。
 せっかく東京駅の改札まで来ていたのに、もう一度今来た道を戻らなければならないとは、何ともやるせない気持ちであったことでしょう。
 切符は自分の乗るべき列車と行先が明記されています。多少、乗るべき列車に遅れても行先さえ間違えなければ大きな問題ではありません。
 わが人生という列車に乗っていても、行先不明のままであったら車内がどんなに楽しくても不安を隠すことはできません。
 親鸞聖人は二十九歳までの比叡山修行時代、わが人生に安息や充足を感じることができずに過ごされました。苦悩に苛まれていた日々であったようです。
 やがて、法然上人との出遭いが暗闇で明かりにであったように、「念仏申して仏になる」確固たる歩みに変わられました。それはまるで、行先の明記された切符を手にされたようであったに違いありません。
 後戻りや、やり直しのきかないことが人生には多くありますが、私を仏縁の中に招き入れてくださる縁者を「善知識」といいます。「善知識」にであったことをよろこぶことこそ、念仏のよろこびであると同時に実は大変難しいことなのです。

 善知識にあふことも
 をしふることもまたかたし
 よくきくこともかたければ
 信ずることもなほかたし
  (親鸞聖人・浄土和讃)