浄土真宗本願寺派 教念寺
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仏教コラム
 第139話 如来さまのご催促
 先日の大阪地震は大都市直下でもあり、大きな驚きとともに「これが首都圏で起こったら」と思うと、その被害を想像せざるを得ない災害でした。いつ起こっても不思議ではありませんが、その大きな自然の摂理のまえでは私たちは自らの無力さを痛感するしかない存在であることをただ知るばかりです。
 さて、親鸞聖人ご在世のころにも数々の天災が記録されています。聖人晩年の正嘉元年(1257年)に関東で大きな地震が起こっています。このことを御消息(お手紙)に「なによりも、去年・今年、老若男女おほくのひとびとの、死にあひて候ふらんこと、あはれに候へ。ただし生死無常のことわり、くわしく如来の説きおかせおはしまして候ふうへは、おどろきおぼしめすべからず候ふ」(何よりも去年から今年にかけて、老いたる者若い方男性女性を問わず、多くの人々が亡くなったことは本当に悲しいことです。けれども、命あるものは必ず死ぬという無常の道理は、既に釈尊が詳しくお説きになっているのですから、驚かれるようなことではありません。)と弟子の乗信房に送っています。
 このように示された「命あるものは必ず死ぬという無常の道理」を私自身が充分存知しているのでしょうか。何か自分はその中に入っていないような気にはなっていないでしょうか。
 当時の日本は疫病、飢饉、天災に対して今日の私たち以上に無力でした。それゆえに「死」がいつでも隣りあわせであった人々が浄土に生まれることを願う(欣求浄土)こと、また「来迎」という仏さまのお迎えによる往生の考えも広まっていました。しかし、聖人は「すべて阿弥陀仏のはたらきによって浄土に往生するということ」(如来の御はからひにて往生するよし)を強調しています。そして「真実信心の行人は、摂取不捨のゆゑに正定聚の位に住す。このゆゑに臨終まつことなし、来迎たのむことなし。信心の定まるとき往生また定まるなり。来迎の儀則をまたず」とお手紙を結んでおられます。
 天災も私に対する如来さまからのご催促と頂戴できれば、悠々とこの娑婆世界を歩んでいけることのお示しなのでした。
 自らを照らしてみることがたくさんありそうです。