浄土真宗本願寺派 教念寺
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 第25話 創立15年によせて 〜どんな花が咲くかな〜

 創設十五年慶讃法要の当日、亡き父と我が住職の共通の友人であるKさんに、初孫が誕生しました。

  法要から数日後、お祝いに出かけて少しの間抱っこさせてもらい、ベイビー・パワーをたくさん頂いてきました。

  赤ちゃんってすごい、すごい。何もしていなくても、そこに居るだけで、父、母、祖父母の役割を、ちゃんと作ってしまうのです。「よく生まれてきてくれたなぁ」と思い、思わず手を合わせてしまいました。

  私が結婚して一年と一日目に、長男が生まれてきてくれました。その長男のお祝いに来てくださった、ご門徒のSさんと、今は亡きTさんが、長男に手を合わせておられました。え?なんで?と不思議に思ったものでした。SさんとTさんが、背中で教えてくださったことが、十五年もかかってやっとわかりました。有難うございます。思い返せば、創設十五年法要の日は、Tさん、あなたの祥月命日でしたね。

  せっかく四人も授かったのに、なかなか仏様からの預かりものなのだ、とは思えなくて、ついつい私物化しそうになってしまうものなのです。私が産んだのだけれど、私の「もの」じゃないんだよ、とSさんとTさんから教わった気がします。

  いつも法座で決まった場所に座られていたNさんは、体格がいいので子供が膝に座るとするりと滑ってしまいます。どの子も、それがオモシロイようで、みんなNさんのお膝に座りたがるのです。「まったく、あたしゃ子供がキライなのに、お寺の子はみんな変わってるよ」と笑いながらおっしゃいました。

  Nさん自身がお身体の自由がきかなくなり、お聴聞に来られなくなったので、四男はNさんの膝すべりをすることもなく、四男が二歳になってすぐ、Nさんもお浄土におかえりになりました。

  子供ギライのNさんが、参拝旅行の時は長男・次男を子守唄で寝かせてくれたことも、いい思い出です。ポロッとこぼす一言一言に、とても味がありました。忘れられない言葉の一つ一つを花の種だとしたら、残された私自身が、その種をどういうふうに育てていくか、きっと見ていてくださるのだろうなぁ、と考えたりしています。

  Nさんには申し訳ないけれど、私自身がポロッとこぼす一言は、愚痴ばかりで、雑草の種みたいです。

  子供たちはといえば、それこそ雑草の如くたくましく育ってくれています。両親・祖父母以外にも、たくさんの門徒さんはじめ、いろいろな有縁の方々に見守られている、これはとても幸せなことです。どうしようか、と迷った時、どの道を行くか悩む時、分岐点には必ず仏様がいてくださり、自分を見守ってくれている人が大勢いれば、独りにはなっても孤独にはならずに生きられるのではないでしょうか。強く明るく生き抜くことが、できるのではないでしょうか。
  何より、私自身が迷子になりそうな時、たくさんの方々に支えられ、手を引かれて今が有るのです!この度の法要や祝賀会に出席してくださった方のみならず、その方々を教念寺に導いた縁となった方、そして出席できなかったけれど見守ってくださっている方、今は仏様となり照らし続けてくださっている方、なんとたくさんの方々に支えられていることでしょう。

  たった十五年だけれど、私にとっては一歩一歩が大切な十五年です。
皆様のおかげさまで。

  さあ、これからですね。どんな花が咲くでしょう。私の代では咲かないかもしれません。それはそれでいいよね。次の代のやることも、なければなりません。土を耕すだけで終わってしまうかもしれないけれど、TさんやNさんや、数々の人々の思いの花の種を預かっていますので、責任重大です。

  でもきっと、み光の照らす方へ、きれいに咲くんじゃないかな。
『なんまんだぶ』のお水をかけましょう。きっときれいに咲きますよ、ね。