浄土真宗本願寺派 教念寺
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 第41話 おたふく

 先般、末っ子が『おたふく』になりました。末っ子だけ予防接種をしていなかったので、入学前にやっておこう、まぁ、長男の受験が終わってからでいいや、と呑気に考えていた矢先でした。

  一番腫れのひどい時、ポロポロ泣いて「かあさん、ボク、アンパンマンのお顔のまま死んじゃうんだ」と。『おたふく』で死ぬことはないよ、と言いましたが「死んじゃう死んじゃう」とさわぎます。仕方がないので、私が『おたふく』になった時のことを話しました。

―母さんはね、小さい時に弟たちがかかったのにかからなくて、中学生になってかかったの。年頃だから病院に行くのも嫌でね。たった十分歩く間にきっと近所のおばさんに会うなって。思った通り三人も会ってね。『おはようございます』って挨拶すると、あとは全部おばさんが言ってくれるの。「あら、みっちゃんどうしたの?おたふくね?お熱はあるの?お大事に」―おばさんの言葉を三回繰り返した所でケラケラ笑い出したので、「死んじゃう」とさわぎだすと『おたふく娘と三人のおばさん』の話しをするわけです。

  『おたふく』が治った末っ子は、これからもっと大変な、勉強やテスト、受験、失恋、にきび、ヒゲそりの失敗、なんてのを乗り越えていかねばなりません。
  末っ子でチビチビと思っていたのに、『死』が不可逆的な事であると、判る年になったんだなぁ、とぼんやり考えたりしていました。

  おたふく娘は、けっこうチャランポランでしたが、どうにか道をふみはずさないように青春時代を過ごしてきたのは、両親や祖父母の他に、そういう御近所の目が育ててくれていたのではないか、と思うのです。

  学校に行く時間にフラフラしている子がいたら「どうしたの?」と声をかける。子供は宝物だから、みんなで育んでいこうという思いがあったようです。
  誰かに見られている、という意識はとても大切で、思い返せば私が子供の頃にはもうお仏壇のある家はごくごく限られていました。今はもっともっと減ってきているかもしれません。いつでもどこでも仏様が見ていてくださるのよ、おたふく娘も親とさせて頂いたのだから、手を合わせる姿を次の世代にしっかり伝えていきなさいよ、と言われている気がします。

  仏様から見たら、おたふく娘は未だに危なっかしくて道をはずしそうなんでしょう。幼稚園児とさほど変わらないのかもしれません。