浄土真宗本願寺派 教念寺
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  第119話 かかあ天下とからっ風

 親鸞聖人関東伝道八〇〇年慶讃法要は、終わり間近に雷さまのライヴが始まり、豪雨で幕を閉じました。
 雨が小降りになるのを待ちながら、お夕事に出るご縁となりました。
 どしゃ降りの雨を眺めながら、親鸞さまが越後から常陸へ向かわれた時の足取りを思い浮かべておりました。
 善光寺から群馬の安中→前橋→太田を経由して佐貫(群馬県邑楽郡)から常陸へ行かれたそうです。
 その時代は、地震が頻発し、飢饉、大雨、洪水の被害が相次いでいたそうです。
 群馬は母の故郷です。私が三歳の時の晴れ着は、伯母の着物を、母が仕立て直してくれたものでしたが、それは、母の実家のお蚕さまの糸で作られたものでした。
 ついでですが、母も伯母たちも、とても穏やかな性質で、身近に『かかあ天下』の群馬出身者を知らずに育ちました。
 どうやらそれは「うちのかかあは天下一」と、群馬の男性が自慢するのを、他所の者が『かかあ天下とからっ風』と皮肉ったようです。
 『門徒もの忌みを嫌わず』が『門徒もの知らず』になったように。
 ではなぜ、天下一のかかあなのか。
 それは、養蚕・織物業と、女性の特性を生かした職業婦人の産業サイクルがきっちり出来ていたからなのです。
 そして、その盛んな養蚕による、原料繭の確保ができ、製糸に必要な用水があり、燃料の石炭(高崎)確保をしやすいことから、今話題の富岡製糸場があの地に建てられました。
 富岡製糸場や東京駅の赤レンガは、実は埼玉の深谷産です。
 そして、富岡製糸場の瓦をふいた棟梁は、なんと義母の祖父にあたります。
 埼玉の幸手に住んでいたそうですが、腕をかわれて職人を引き連れて、富岡に移り住んだのでした。
 今の養蚕農家は、もしかしたら、親鸞さまの時代よりも少ないかもしれません。
 親鸞さまがどの位の期間、群馬にいらしたのかは勉強不足でわからないのですが、もしかしたら群馬の絹織物を、お手にとって頂いたかもしれない、と思うと、心がほっこりしてきました。
 お夕事が終わりましたら、酷かった豪雨が、なんとも優しい雨と変わっておりました。