浄土真宗本願寺派 教念寺
〒352-0004
埼玉県新座市大和田1−20−6
TEL:048−477−1713
FAX:048−477−0809
メールはこちら:
info@kyonenji.jp

  第121話 在家僧侶

「なんじゃこりゃ?」と、強烈な違和感を抱きました。
 新聞で『在家僧侶通信講座』とある広告を目にした時です。
 『立場や生活はそのまま、剃髪や出家もなし、自宅で僧侶の資格がとれます』とうたっています。
 そもそも『在家僧侶』という言い方が変です。
 出家者とは家から出て(家出人とは違いますが)、お釈迦様のお弟子になった人の事をいうわけで、それに『在家』をつけるのは、『若者老人』『健康病人』など言ってるように感じます。
 僧侶は、各宗派の定める公認の資格を持った者です。
 インチキくさいわぁ、と感じました。
 浄土真宗でいう、非僧非俗とも違います。
 お寺に住んでいる僧侶ばかりではなく、会社員や教師などしながらの僧侶もいますが、彼らは在家僧侶ではなく『僧侶』です。
 『修了後は看板を取得し活躍する道も!』とありますが、どこで活躍するのでしょうか?
 気になるので、講座開催のカルチャースクールに電話してみましたら、何宗という特定の宗旨宗派ではないからご安心ください、と言われました(何を安心すればいいのでしょうか?)。
 もう一度その広告を見てみましたら、胡麻粒ほどの字で『在家僧侶の資格は、本講座執筆者の現職のご住職が認定。公的なものではない。あくまでも仏教を深く知り悟りを開くことが目的』とありました。
 修了後看板を取得しても、活躍の場はなさそうですね。
 第一、仏教を深く知り悟りを開くことが目的なら、活躍の場は必要ありませんね。
 何の為の僧侶資格なのでしょうね。
 もう一度、親鸞さまのお言葉に耳を傾けてみましょう。
 お正信偈の道俗時衆共同心、〜世のもろびとよ、みなともに〜と和訳がついてますね。
 僧侶もそうでない人も皆心を同じく一つにして、ということですね。
 私は、親鸞さまが、どうか自分と同じ気持ちになって、素直にこのみ教えを信じてくださいね、と願いをかけられているように感じるのです。親鸞さまの時代の人へも、時空を越えて、現代に生きる私へも、そういう願いをかけていらっしゃるように思うのです。
 親鸞さまの温かな眼差しを感じるのです。
 親鸞さまが、無理に悟りを開かなくてもよいのよ、自分と同じに、他力の信心の歓びの中に生きていきましょうね、と、呼び掛けていらっしゃる気がするのです。