浄土真宗本願寺派 教念寺
〒352-0004
埼玉県新座市大和田1−20−6
TEL:048−477−1713
FAX:048−477−0809
メールはこちら:
info@kyonenji.jp

  第134話 凧、凧、あがれ

 四男の新学期が始まり、少しホッとして、少しだけ電車に乗ってお出かけしました。
 とある広場で、手作りの凧揚げをしている園児たちがいました。皆元気に走り回っていて、一緒にやりたぁい!と思う程でした。
 そういえば、何年も凧揚げをする子どもを見ていません。海風が程よく吹いて、格好の凧揚げ日和でした。
 もう二十年以上前、ちょうど元日に、就園前の長男が、義父に凧揚げやりたい、とおねだりしていました。
 その日はかなりの強風で、大きな凧はとても長男の手に負えませんでした。
 ところが、義父の手に渡った凧は、風に悠々と乗り、生き生きと青空を渡り出しました。
 長男は悔しがりましたが、風をコントロールするのは、やはり亀の甲よりなんとやら。羽織り姿の義父と半ベソの長男が漫才のようで、飽きずに眺めておりました。
 翌日、長男はまた凧揚げをやりましたが、今度はまったく風が吹きません。
 走っても走っても、凧は風に乗れずに、ボヨヨ〜ンと長男に被さってしまいます。
 凧は風が強すぎても弱すぎてもうまくあがらないんだな。ちょうど良い風でないとならなくて、なんだかそれは阿弥陀さんの教えみたいだな、と、ぼんやり考えておりました。
 そしてふと、あの時の長男に、どうか糸が切れた凧みたいにはならないで欲しいなぁと思った事を思い出しました。
 子育て真っ盛りの時は、凧を高くあげたいけれど、ちゃんと自分の手元に戻ってきてほしかったのです。
 でも、今、子どもは皆、自分の手元に戻らなくてもいいんだ、と思うようになりました。
 なぜなら、私が凧の糸を操る必要はないからなのです。凧はいろんな風に吹かれなければなりません。強い風にも弱い風にも、向かい風にも追い風にも。そして又、凧には凧の、ちゃんと戻る所があるんです。
 凧が戻るのは、私の手の中ではなく、阿弥陀さんの御手の中のはずです。
 そして、私は子どもたちに強風ばかり吹かせてたかもなぁ(過去形ではなく現在進行形か?)、ちょうどいい風でいられなかったものかなぁ、と思いました。
 一月とは思えない、暖かな海風に吹かれながら、ちょっぴりしょっぱい気持ちになりました。