浄土真宗本願寺派 教念寺
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  第149話 本当の写真

「わぁ、可愛い!」と思わず声に出してしまいました。子どもたちが小さな時ほど可愛いです。
 クローゼットの整理中、写真館などで撮った写真をつい見てしまいました。だから作業がなかなか進みません。
 私は写真に撮られるのが苦手です。容姿に自信がないからなのですが、そんな事から、写真館で子どもの入園や入学に合わせた写真を撮っても改めて見入る事はまずありません。
 家族写真も、子どもは成長と言う名の老化ですが、親の方は本当の老化確認写真です。私でいえば、子どもの人数に関係なく、なんとか見れるのは三十代まで、それ以後は『おっかさん』としての貫禄が写真からはみ出そうになっています。
 どの写真の時も撮ってすぐは本当に嫌でしたが、こうして何十年も経ってから見ると「なかなかいいじゃん!」と思うのですね。それは『今』が基準になっているからでしょうね。特に服やメイクにはその時代の流行を感じて古臭いのですが、写真の中の私には『若さ』があるんです。
 写真は『まことを写す』わけで時代の流れも写す事になるんですね。
 あと何年かしたら、『今』撮った写真をいいと感じる時が来るかもしれませんね。我が家は男子故、成人式時に写真館で撮りませんし、一番近いのが四男中学になる年の五年前。今遺影にするなら『若すぎる!』とクレームは出ないギリギリ位でしょうか。
 これからいい写真を撮る機会がなかったら、還暦後は五年ごとに自分の為に写真館で撮って貰おうかなぁと思っています。遺影が『今』とあまりに違ってはおかしいですし、人生の中で 『今』が一番『若い』のですから。
 最近母は、自分の遺影を父が亡くなった頃の写真にして、と言います。「そんなのおかしいでしょう、あの時のお母さんは今の私より若いのよ」と言いましたが、自分が亡き後、働き盛りの父とお婆さんの自分と写真が並ぶのが嫌だとか。まぁそれも女心ではありますが。
 さて、クローゼット内の膨大なアルバムは、デジカメ出現前のものです。今はデジカメにプラスして携帯やスマホでも手軽に写真が撮れるようになりました。ところが、スマホなどは簡単に加工写真が作れます。若さも服も髪の色も顔立ちまで好きなように加工できてしまいます。
 もはやそれは『まことを写す』ものではありません。
 人生の最後の写真位、まことを写したものでないとなぁ、と感じています。