浄土真宗本願寺派 教念寺
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  第151話 私の耳は

 私の耳は貝の殻
 海の響きを懐かしむ

 美味しいコーヒーを飲みながら、堀口大学訳のコクトーの詩を思い出しました。
 その詩に出あった時に、あいにく貝殻が無かったので、手を耳に当ててみましたら、それでも海の音がしました。
 そうか!私たちのご先祖は海から生まれて進化したから、耳はその事を忘れていないんだ!と思った小学校高学年の時。
 その後、人間の身体について勉強するようになって「貝殻を耳に当てた時に聴こえる音は自分の耳の中の音」と知り興ざめしてガックリきたことがありました。
 コーヒーを飲みながら考えていたのは『懐かしむ』です。
 一緒にコーヒーを飲んでいたのは、所用で帰省した三男でした。そこは少し前に友人に教わった、昔ながらの喫茶店でした。
 ちょうどケーキ食べたいと言った三男とコーヒー飲みたくなった私の意見が一致して出かけたのですが、その時「昭和の喫茶店のままで懐かしいから」と誘い出したのです。
 すると三男は「あのね、お袋、俺は『昭和』は懐かしくもなんともないんだよね」と言うので、あ!そうか!君は平成生まれだよね!と大笑いしたのでした。
 その時に『なつかしい』は漢字で『懐』と書くから、懐かしさの押し売りはいけないな、それは自分の懐にしまっておかねばならない事なんだな、と実感しました。
 そしてまた、子どもたちが小さい時、ガンガン怒鳴り散らして怒っていた事も思い出しました。ある程度大きくなると聞き流しますが、小さな頃は耳に手を当てる仕草をします。
 その時に私は
 『あ、この子は今、海を思い出しているな、これ以上言ったら貝になるな』と思ってお説教をやめました。
 何度もコクトーの『耳』という詩に助けられてきたわけです。巻貝なら海の音は聞こえますが、二枚貝なら口を閉じたら自分の思いを吐き出しません。
 昭和の佇まいの喫茶店で、自分にとっての『昭和』を懐かしみながら、どうか子どもたちが耳に手を当てたまま生きて行かないように、と願いました。
 たまに海の響きを懐かしむならいいのです。ずっとずっと耳に手を当てていては、仏様の呼び声が聞こえませんから。
 誰よりも私自身がそうあってはならないな、と思いながら。