浄土真宗本願寺派 教念寺
〒352-0004
埼玉県新座市大和田1−20−6
TEL:048−477−1713
FAX:048−477−0809
メールはこちら:
info@kyonenji.jp

  第154話 原爆ドームを前に

 どうか全世界の人々が平和でありますように!
そう願って合掌をした広島の記念慰霊碑から真っ直ぐ向こうを見ると、原爆ドームが見えました。きっとそうなるように設計したのでしょう。原爆記念日にテレビで見ているだけではわからない事でした。
 縁あって『原爆の図』を描かれた丸木位里・俊夫妻にお会いして、原爆に対する生の声を聞かせて頂いてから30年近く経って、やっとやっと平和記念公園に行かれました。
 資料館には8時15分で止まった時計の他にも一瞬のうちに形を変えてしまった品々の展示、その他沢山の資料がありました。
 中でも上空からの原爆投下を再現した1分半程の動画には胸が張り裂ける思いでした。投下直前、民家とは明らかに違う、緑の屋根のドーム型の大きな建物があります。それが、後に原爆ドームと呼ばれるようになった、広島物産陳列館です。
 原爆ドームは、危なくない瓦礫はそのままに、多少倒れないように鉄骨で支えられながら、痛々しいまでに負の歴史を風化させまいとそこに建っておりました。アール・ヌーヴォーの洋風建築であったことが、残る壁の美しさからわかります。もし原爆が落ちていなかったら、その美しい姿のままそこにあり続けた事でしょう。
 阿弥陀経の中に「五濁」という『私』が直面する五つの濁りが出てきます。
 時代の汚れである「劫濁」、汚れた思想や考え方が常識となる「見濁」、煩悩による悪行が当たり前にはびこる「煩悩濁」、人々のあり方そのものが汚れきってしまう「衆生濁」、生命が軽んじられ、生きていくことの意義が見失われる「命濁」、それらが全て当てはまるのが戦争であるなぁ、と、怒りとも悲しみともつかない思いでいっぱいになりました。
 私は戦争が終わって、日本が豊かになってから生まれました。平和が当たり前の社会に生まれました。それでもニュースや身の回りに起きる出来事には悲しいこと、残虐な事が後を絶ちません。それなのに、悲しいかな「またそのニュースか」と人の生死に関わる事すらも慣れっこになっている私がいます。
 世界平和を願いながら、溢れるいろいろな想いに何もできずにただ原爆ドームの前で手を合わせる事しかできない私でありました。