浄土真宗本願寺派 教念寺
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  第162話 介護から快護へ

 オウム真理教教祖と幹部の死刑執行となり、『平成』という年号が変わるのだな、と実感しました。
 私にとっての『平成』は、教念寺と共に歩んできました。
 昭和の終わりのバブル元年に父と祖母が亡くなり、その年に社会人にもなりました。
 平成元年に教念寺が出来、翌年結婚しました。世の中がバブルで浮かれている時は専門職としての社会人修業時代。崩壊した時は長男出産で、それから長きに渡り(って、勝手にたくさん産みました)子育てをしましたから、幸いなことに日本に居ながらバブリーな時代を知りません。
 ですから、『平成』の年号の通り、平和で平穏な時代であった、と言っていいと思います。
 地下鉄サリン事件の時、近くに住む母に「あんたが地下鉄に乗ってなくて本当に良かった」と言われた事は忘れられません。春のお彼岸の最中に、電話になかなか出ない母を心配して様子を見に行ったら、テレビの報道を熱心に見ていて電話に気付かないだけでした。
 私が三男を妊娠中でしたから、私が母を心配していたはずなのに、その母に心配されていたのだ、と気付いたのです。
 思えば母にとって、『平成』は引越しの年でした。私が結婚して3年目に、母は2度目のくも膜下出血をしました。それを機に、近くに呼び寄せましたが、その後私や弟たちの都合で2回引越し、更に今はほぼ隣に引越してきました。
 さて、我が家の末っ子も今年大学生になりました。平成の終わりと共に、子育ては緩やかに終わりを告げ、代わりに親たちを緩やかに護る事となってきています。きっと新年号の私は『介護』の時代となるでしょう。有難い事に我が家の介護はいきなり、ではなく緩やかです。つまり、義父母も母も大きなきっかけはなく、自然のなりわいとして残存機能が衰えてきているだけです。それだけでもう『快護』です。何とかなります。
 何とかなるさ、と思えるのは、母もまた同居の姑を看取りましたし、娘時代にそれを手伝った経験が大きいのかもしれません。
 そして何よりも、私も今また阿弥陀さまに護られているからではないでしょうか。誰かにしっかりと護られていなければ、誰かを護って行こうなどと思えるわけはありませんものね。