生死無常のなかで
新型肺炎の猛威が世間の話題を独占し、今後の動向が注視されています。
人類と伝染病は離れることができない存在で、科学や医学が発達した今日でもその脅威を消し去ることはできません。
平安から鎌倉の時代も度々「疫病」(伝染病)が蔓延して多くの人々が命を落としました。「疫」の語源は「役」(いやおうなく各人に振り分けられる仕事)に由来しているといいます。
忌まわしい現実を振り払うごとくに「改元」が行われ元号があらためられました。何も打つ手立てがない中で「あたらしい時代」に期待することしか出来なかったのでしょう。
さて、親鸞聖人が門弟に宛てた最晩年八十八歳の時のお手紙が残っています。
「なによりも、去年・今年、老少男女おほくのひとびとの、死にあひて候ふらんことこそ、あはれに候へ。ただし生死無常のことわり、くはしく如来の説きおかせおはしまして候ふうへは、おどろきおぼしめすべからず候ふ。まづ善信(親鸞)が身には、臨終の善悪をば申さず、信心決定のひとは、疑なければ正定聚に住することにて候ふなり。さればこそ愚痴無智の人も、をはりもめでたく候へ。(略)」
文応元年十一月十三日
「親鸞聖人御消息」
(何よりも、去年から今年にかけて、老若男女を問わず多くの人々が亡くなったことは、本当に悲しいことです。けれども、命あるものは必ず死ぬという無常(むじょう)の道理は、すでに釈尊が詳しくお説きになっているのですから、驚かれるようなことではありません。わたし自身(親鸞)としては、どのような臨終を迎えようともその善し悪しは問題になりません。信心が定まった人は、本願を疑う心がないので正定聚の位に定まっているのです。だからこそ愚かで智慧のないわたしたちであっても尊い臨終を迎えるのです。)
聖人最晩年に起こった疫病禍にあっても浄土に生れることの確かさと有難さを示される姿は多くの門弟の生きる指針となりました。